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醸造元紹介
ワインの原風景である醸造元をご紹介します。
1825年ジャン・ルイ・プリユールにより創設されたメゾン『CH&A.PEIEUR』は、長年にわたり、伝統的なシャンパン造りを続けてきたが、1907年に『CHAMPAGNE NAPOLEON』の商標登録をし、『ナポレオン』を名乗れる唯一のシャンパンを造り続けています。
このたび、弊社が発見したこの『シャンパン・ナポレオン』を日本に始めて紹介することになりました。


CHAMPAGNE NAPOLEON
メゾン「Ch. & A. PRIEUR」CHAMPAGNE NAPOLEON
NAPOLEONの責任者 ヴァンサン プリユール
メゾン「Ch. & A. PRIEUR」カーブ
メゾン創設の1825年に使用したポスター
「CHAMPAGNE NAPOLEON」
1825年、ジャンルイ プリユール(Jean-Louis PRIEUR)は、シャンパーニュ 4大生産地の一つで、エペルネの南に広がるコート・ドゥ・ブラン地区のヴェルテュ村にこのメゾン「Ch. & A. PRIEUR」を設立した。 彼にはシャルル(Charles)とアルフラード(Alphrade)の二人の息子があり、メゾンのCh. & A.はこの二人の息子の名前に由来している。  創設者のジャン ルイはナポレオンの崇拝者で、メゾン創設の1825年に使用したポスターにはナポレオンの胸像が描かれている。 伝統と創意工夫により、Ch. & A PRIEURのシャンパンは着実に評価を得て近隣諸国にも輸出していたが、ロシアのワイン輸入商の提案により、当時の当主であるジャンルイの孫アルフレッド・マリー(Alfred-Marie)が「CHAMPAGNE NAPOLEON」の商標登録を申請し、それが認められたのが1907年6月5日であった。 「CHAMPAGNE NAPOLEON」の記念すべき最初の発注は、それよりも3ヶ月前の同年3月15日、ロシアのサンクト・ペテルブルグからであった。1907年と言えば、日露戦争が終結した1905年の2年後であるが、ロシア革命の10年前で、ロシアではまだまだシャンパンを楽しむ余裕があったのである。 現在のCHAMPAGNE NAPOLEONの責任者であるヴァンサン プリユール(Vincent PRIEUR)は4人の兄弟の3番目であるが、子供達が16人もいたため、次世代の相続によるこのメゾンの分散を避けるため、2005年、同じ村にあるシャンパーニュ ポール ゴエルグ(CHAMPAGNE PAUL GOERG)にその資本を売却し、メゾンの商標と品質を守ることとなった。 そのためVincent PRIEURは、CHAMPAGNE NAPOLEONとともにPAUL GOERGに移籍、現在CHAMPAGNE NAPOLEONの責任者として活躍することになったわけである。 尚、CHAMPAGNE NAPOLEONは1825年の創立であるが、現在も使用している建物は1890年に建てられた重厚なレンガ造りのメゾンであり、プリユール夫妻はこのメゾンの中に引き続き住居を構えている。 「CHAMPAGNE NAPOLEON」商標登録100周年を迎える2007年を前に、ついに弊社により日本初登場を果たすことととなった。 フランス皇帝「 NAPOLEON 」を名乗れる唯一のシャンパーニュである。
 
「シャンパンは戦いに勝った時は飲む価値があり、負けた時には飲む必要がある。」
         ―― ナポレオン ボナパルト ――

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